ヨーロッパの中でも地中海沿岸部は、特に豊富なハーブのが分布している地域です。
世界のハーブが生育するエリアの分類においても、地中海沿岸部はそのひとつのエリアに数えられます。→ヨーロッパのハーブ II ~ ヨーロッパの気候とハーブの特性
このように豊富なハーブが生育する地中海沿岸部の特徴と、この地域のハーブをご紹介します。
地中海沿岸の地理的特性と風土・植物の変遷
地中海沿岸部は、ユーラシア大陸とアフリカ大陸の交差する場所であり、”生物多様性”の高さが特徴といえます。
ひとくちに”地中海沿岸”といっても、その接する国の数は多く、ヨーロッパ大陸から、東は中東、南はアフリカ大陸と広範囲の地域と国に接しているのです。
また地中海沿岸は、ヨーロッパの中でも、歴史の早い時期から人々が住み開拓された場所であるため、その植生も様々に変化してきました。
地中海沿岸の、現在の植生
歴史的に変化してきた地中海沿岸で、現在、最も広がっている植生は、以下のようなものになります。
硬葉樹林あるいは、低木の灌木地帯で、
- ビャクシン属、ミルツス属、オリーブ属、フィリレア属、カイノキ属、コナラ属
などになります。
ビャクシン属(和名:柏槇属、英名:Juniper、学名:Juniperus)
ヒノキ科の針葉樹。ハーブとしては、ビャクシン属のセイヨウネズの球果が、ジュニパーベリーとして知られています。ジュニパーベリーは、お酒のジンの香りづけにも使われます。
ミルツス属(別名:マートル、学名:Myrtus)
ミルツス属=フトモモ科ギンバイカ属で、常緑性の低木。
ハーブとしては、肉料理の臭み消しに葉を利用します。また、「イワイノキ(祝いの木)」の別名のように、お祝いの際のお酒のため、酒に浸して香りを移すなどの利用もされます。
オリーブ属(学名:Olea、英名:Olive)
常緑の高木、低木の約40種を含むモクセイ科の属。現在、オリーブとして有名な”Olea europaea”は、地中海沿岸とそれに似た気候の地のみに繁茂しており、栽培品種のみが知られています。
フィリレア属(学名:Phillyrea)
モクセイ科の常緑の低木で、3~9mに成長します。
カイノキ属(学名:Pistacia)
常緑または落葉状のいずれかの低木で、5~15mの高さに成長します。また、食用の種子ピスタチオが、栽培されています。
コナラ属(英名:oak(オーク、コナラ属の総称)、和名:ナラ、学名:Quercus)
ブナ科コナラ属(学名:Quercus)の植物の総称を、また落葉広葉樹であるナラ(楢)の総称をオークと呼びます。
ヨーロッパのオークの多くは落葉樹(日本でのナラ(楢)にあたる)で、南ヨーロッパでは常緑の樫が見られるものの、他のヨーロッパの地域では常緑樹はほとんど見られません。落葉樹のオークと区別し、常緑のオークを指す場合には、ライヴオーク (live oak) と呼ばれます。
オークは加工しやすいため、ヨーロッパでは、その木材がウィスキーやワインの樽の材料として利用されてきました。
現代にも生きている、古代の森林の残存種
こうした歴史的変遷の一方で、約200万年の古代の森林の残存種も、現在の地中海沿岸に植生し、この地域の植物群の一部となっています。そうした植物としては、
- アルブツス属、ギョリュウモドキ(カルーナ)属、イナゴマメ属、チャボトウジュロ属
などが挙げられます。
アルブツス属=イチゴノキ属(学名:Arbutus)
赤く剥がれやすい樹皮を持つ低木または潅木。赤い漿果(しょうか)は食用のイチゴとして有名です。
ギョリュウモドキ(カルーナ)属(和名の別名:エリカ、学名:Calluna)
この属に種を1つのみ(ギョリュウモドキ(学名:Calluna vulgaris))しか持たない常緑低木。変種が多数あり、紫色の花が多いですが、他にも様々な色の花を咲かせます。
また、高地の荒地に群生で芽吹く特徴があります。
古くから、染料や肥料、ハーブティーにも利用されてきました。
イナゴマメ属(学名:Ceratonia)
高さ10m以上になる、常緑高木。
イナゴマメ属の種のひとつ”イナゴマメ”は、豆の莢(さや)、果肉、種子が食用として利用されますが、特に豆の莢(さや)と果肉は”キャロブ”と呼ばれ、そのパウダーはコーヒーやココアの代用として利用されます。
カルシウムや鉄分、食物繊維等を豊富に含んでおり、近年では健康食品とされています。
チャボトウジュロ属(和名:矮鶏唐棕櫚、学名:Chamaerops)
ヤシ科の常緑低木で、高さ2~3mに成長します。
ヨーロッパでは、 葉や鞘(さや)の毛で敷物などが作られていました。
地中海沿岸を原産地とするハーブ
ヨーロッパの中でも、地中海沿岸部は、現在よく利用される多くのハーブの原産地でもあります。
気候によるハーブの4つのタイプ分類としても登場する地中海沿岸の地域は、それだけハーブの生育に好都合な環境であり、ヨーロッパを代表するハーブの産地であるといえるのです。
例えば、以下のハーブが地中海沿岸を原産とするハーブです。
ハーブの代名詞ともいえるような、ポピュラーなハーブが多く見つかることが、印象的です。
- ラベンダー、ローズマリー、タイム(木立性)*1)、セージ、ミント、フェンネル、ジャーマンカモミール、コリアンダー、オレガノ、アルカネット、ウォールジャーマンダー、オリーブ、キャットニップ、キャットミント、クレソン、コーンフラワー、サフラン、サントリナ、パセリ、イタリアンパセリ、ヒソップ、フィーバーフュー、ボリジ、マジョラム、マロウ、ラムズイヤー、フレンチタラゴン、サントリナ
注*1)タイム(木立性):タイムは、主に地面を這うように茎を伸ばす「ほふく性」のものと、茎が垂直に伸びていく「木立性」の2種に分けられます。最もポピュラーなタイムの種”コモンタイム”は、木立性です。
地中海沿岸の気候は、偏西風や暖流の影響で冬でも暖かい(7~8℃)のが特徴です。また逆に夏は涼しめ(20~25℃)で、乾燥しています(夏の降水量が極めて少ない)。
こうした気候から、地中海沿岸の植物は乾燥に強い特徴を持っています。代表的な植物オリーブのように、葉が堅く、毛が生えているのは、乾燥に対しての強さとなります。
乾燥した風土の特徴によって、マキー(硬葉樹林)*2)や、香り豊かで、柔らかい葉を持つローズマリー、サルビア、タイムなどが、地中海沿岸の低地に定着したハーブとして、よく知られています。
*注2):硬葉樹林:地中海地方で「マキー」「マッキー」と呼ばれる。常緑広葉樹林の一種で、夏季の乾燥に耐えることができる森林のこと。
- ミント、カモミール、タイム、ロシアンタラゴン
マキー(硬葉樹林)
硬葉樹は、夏季に雨の少ない地中海性気候の地域に多く分布しています。
生育する夏季に水が豊富でないため、小さな葉と、乾燥に耐える形が特徴。オリーブ、コルクガシ、イナゴマメなどが代表的な硬葉樹になります。
(地中海沿岸は歴史的に人の活動が多かったために、現在では、硬葉樹の森林はほとんど残っていないとも言われてます。)
ローズマリー(和名マンネンロウ、学名:Rosmarinus officinalis L.)
ローズマリーは、シソ科の常緑性低木。成長すると1.8mもの背丈になります。
ローズマリーの葉は芳香があるため、古くから香辛料や精油として利用されました。またヨーロッパの薬草としてもとてもポピュラーなものです。
サルビア(=アキギリ属)(学名:Salvia)
サルビア(アキギリ属)はシソ科の1・2年草、または宿根草属。ヨーロッパや中南米を中心に世界に約900種が分布しています。サルビア(学名:Salvia splendens)やセージ(学名:)が、アキギリ属に含まれます。
タイム(学名:Thymus)
シソ科イブキジャコウソウ属 (Thymus) の多年生植物。約350種が存在します。背が低く、芳香を持つポピュラーなハーブのため草本と勘違いされますが、茎が木化する木本で、樹高40cm程度に成長する小低木です。
一般的には、コモンタイム(Common Thyme、和名:タチジャコウソウ 、学名:Thymus vulgaris)のことを”タイム”と呼ぶことが多く、ハーブで利用されるのも、この種がポピュラーです。
以下のハーブは、地中海沿岸と同時に中緯度地帯も原産とされています。
日本で紹介されるハーブ、また日本での馴染みのある西洋料理に使われるハーブとして、ヨーロッパのハーブがポピュラーであることはひとつの理由ですが、その中でも特に地中海沿岸のハーブには、本当にたくさんの馴染みのあるハーブが挙げられることに、改めて気がつきます。