目次
インドやインド亜大陸の豊富なメディカルハーブから、代表的なハーブをご紹介します。
インドでポピュラーな土着のハーブ
ミロバラン
(英名:Myrobalan、和名:カリロク、学名:Terminalia chebula)
ミロバランは、シクンシ科(Combretaceae)の植物で、森林に生育する落葉中高木です。
原産地は、インドと熱帯アジア大陸部です。日本へも古い時代に伝わっており、正倉院の種種薬帳には「呵梨勒(カリロク)」として記載されています。
ミロバランは、南伝仏典*1)にも登場します。仏典の中で、ブッダが成道後、激しい腹痛を患った際に、その様子を見たインドラ神(帝釈天:たいしゃくてん)*2)がミロバランの果実をブッダに与え、ブッダの腹痛は即座に癒された、と述べられています。
- * 注1)南伝仏典:インドから南方へ伝わった仏教(=上座部仏教)の仏典で、パーリ語で書かれている。 “パーリ仏典”とも呼ばれる。北伝の大乗仏教に伝わる漢語の仏典、チベット語の仏典と並び、三大仏典の1つ。
- * 注2)インドラ神:元々、バラモン教、ヒンドゥー教の神で、雷霆(らいてい)神、天候神、軍神、英雄神。古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』の最も中心的な神で、同じく古代インドの長編叙事詩・ヒンドゥー教の聖典『ラーマーヤナ』では天空の神とされる。その後、仏教に取り込まれ、仏教の守護神である天部の一尊“帝釈天(たいしゃくてん)”となった。帝釈天は、梵天(ぼんてん)と並ぶ仏教の二大護法善神。手には武器である「金剛杵(こんごうしょ)」を持ち、雷を操る。
メディカルハーブとしては、インド地方で有名な“トリファラ”に含まれ、またチベット医学でも利用されます。特に果実が利用され、果実は回春強壮剤として有名です。核果には、タンニンを含みます。
→インド亜大陸のハーブ II ~インドの日常的なハーブ混合薬2種:「トリファラ」
また果実(果皮)は、整腸・下痢止めに、また慢性潰瘍(かいよう)の薬として利用されます。また、果実には抗菌作用、止血・収斂作用があり、傷の外用薬や口内炎のうがい薬としても用いられます。果実の粉末は歯磨き粉になり、虫歯や歯茎の炎症に良いとされます。さらに果肉は砂糖菓子に利用され、仁からは油が採れます。
このように果実の利用が多いのですが、果実以外にも、樹皮には利尿効果があり、心臓病の治療にも使われています。
染料としては、樹皮と果実が利用され、黄緑色や灰色に染め上げ、また黒インクにも利用されます。また、染料や家具のための木材としても利用されます。
アルジュナ
(学名:Terminalia arjuna)
アルジュナは、ターミナルリア(Terminalia)属の樹木で、バングラデシュやインド北部のウッタル・プラデーシュ州やマディヤ・プラデーシュ州、インド東部の西ベンガル州、さらにインド南部や中央部の川岸や乾いた河床近くに生育しています。
アーユルヴェーダの医学ではアルジュナは心臓病の治療薬とされており、医学書にもその記載がありますが、それ以前にも何千年もの間、伝統的に薬として利用されてきた歴史があります。
その歴史を物語るように、アルジュナという名は、インド古典の有名な叙事詩「マハバラタータ」の英雄からつけられています。
ビャクダン
(英名:Sandalwood、和名:白檀、学名:Santalum album)
ビャクダンは、ビャクダン科の半寄生の熱帯性常緑樹です。甘い芳香が特徴で、香木として利用されるのが一般的です。その香りは、樹木の精油分に由来するものです。
古い時代から栽培されており、紀元前5世紀頃には香木として利用されていました。
ビャクダンはインド・スリランカに自生し、ヒンドゥー教の儀式にも利用されます。その他、太平洋諸島にもビャクダンは分布していますが、インド地方のものに比べ香りが少ないため、香木としてはあまり利用されません。その香りの高さから、インド・マイソール地方のビャクダンが最高品質とされます。
メディカルハーブとしては、ビャクダンから採れるオイルの主成分「サンタロール」の殺菌作用、利尿作用が薬効成分とされ、薬用として広い用途に利用されます。メンタル面でも、爽快な気分をもたらす効果が期待され、利用されています。
絶滅の危機にある種
モッコウ
(和名:木香、学名:Saussurea costus(ソシュレア・コスタス) または S. lappa)
モッコウは、キク科の多年生草本、トウヒレン(Saussurea)属のアザミの一種の高山植物です。
原産地はインド北部で、モッコウ(Saussurea costus)は、別名「コスチュス」または「クス」として一般的に知られています。
また、パキスタンからヒマチャルプランデシュあたりのヒマラヤ山地(標高2,500~3,000m)で見られます。
根は「木香(モッコウ)」という名で日本薬局方にも記載されています。
メディカルハーブとしては、アーユルヴェーダや中国の漢方で古くから利用されてきました芳香性で健胃作用を持ち、また、根から抽出される精油は古くから伝統的な薬や香水として利用されてきました。
インドで「クシャ」と呼ばれるこの植物は、アーユルヴェーダでは、体質のひとつ「ヴァータ」のための薬で、消化の働きを正常化・強化し、蓄積した体内の毒素を浄化し、痛みの軽減に役立ちます。
インドのヒマチャル・プラデーシュ州ジャム・カシミール地方で栽培され輸出されていますが、過度な搾取や違法取引、生息地の喪失などのため、現代ではこの地域で最も絶滅の危機に瀕している植物のひとつで、野生ではほとんど見られなくなっています。
こうしたことから、インドはモッコウの輸出を禁止してきました。
インドジャボク
(英名:Indian snakeroot または Snakewood、和名:印度蛇木、学名:Rauwolfia serpentina、)
インドジャボクはキョウチクトウ科インドジャボク属の常緑小低木で、森林地帯に成育します。標高1,000m以下のガーツ山脈や、アンダマン諸島で広く確認されます。
原産地は、インド亜大陸および東アジア(インドからインドネシアにかけて)とされます。
別名「ラウオルフィア」とも呼ばれますが、和名の「印度蛇木」は、根の形がヘビのように見えることに由来しています。ヘビに噛まれた傷の治療に用いられることが由来という説もあります。
メディカルハーブとしては数千年に渡りアーユルヴェーダでも利用されてきました。根に含まれる成分“レセルピン(reserpine)”に降圧作用や鎮静作用、精神を安定させる効果があり、また同じく根に含まれる成分“アジュマリン(Ajmaline)”には抗不整脈作用があり、これらが薬用として利用されています。
マハトマ・ガンジーは、人生を通して、インドジャボクをトランキライザー(精神安定剤、鎮静剤)として利用していたと伝えられています。
名前の由来として言われるように、インドではヘビの咬傷や精神病などにインドジャボクの根を民間薬として使います。成分のひとつ“レセルピン”は抗精神病作用が認められていますが、副作用があることも確認されています。
その他にも、インドジャボクには200種のアルカロイドを含まれています。
野生のインドジャボクはすでに激減しており、メディカルハーブとしての利用のため、栽培が行われています。また同じインドジャボク属の他の種も調査されていますが、これらの他種も現在、絶滅の危機に瀕しています。
モッコウと同様にインドジャボクも、薬効のために根が採取されるため、より絶滅の危機に瀕しやすいといえます。
上のモッコウと共に、インドジャボクはワシントン条約の付属書Iのリストに記載されています。*3)
こうしたことから、モッコウと同様に、インドはインドジャボクの輸出を禁止してきました。
- * 注3)ワシントン条約付属書:取引が規制される野生生物のリスト。
ワシントン条約では、国際取引の規制の対象となる動植物が、リストとして「附属書」に掲載している。対象の動植物は、絶滅のおそれの度合いに応じて、「附属書 I 」「附属書 II 」「附属書 III 」の3つのリストに分けて掲載されますが、それぞれのリストでは、規制内容が異なる。
全附属書に掲載されている動植物は、動物が約5,000種、植物が約30,000種にのぼる。
対象の動物は、生きている状態に加え、その肉・皮・骨などの部分やそれを利用した製品の取引についても制限されている。
グロリオサ・スベルバ
(英名:flame lily など、学名:Gloriosa superba)
グロリオサ・スベルバは、イヌサフラン科(Colchicaceae)の多年草です。
原産地は、アフリカ南部や熱帯アフリカで、アフリカやアジアの多くの国に生息しています。
→アフリカのハーブ III ~ アフリカのメディカルハーブ / ハーブの薬学的利用
またインドでは、タミル・ナードゥ州の州花にもなっています。
グロリオサ・スペルバに含まれるアルカロイドやコルヒチンは医療用として利用されるため、インドや中国では栽培されています。
野生種でも多く見られますが、医薬品としての利用のため、インドでは栽培も行われていますが、野生種も多く採取され販売されるため、野生種が減少することになりました。スリランカでは、グロリオサ・スペルバの野生種を見ることは少なくなっており、インドのオリッサやバングラデッシュでは絶滅の危機に瀕しています。
皮肉なことに、グロリオサ・スペルバは本来の生息地以外の地域にももたらされ、例えば、オーストラリアのクイーンズランド州やニューサウスウェールズ州の沿岸部、またクック諸島、フランス領ポリネシア、キリバス、シンガポールなどでは、現地の植物を脅かす「侵略的な雑草」となっています。
グロリオサ・スペルバの塊茎(かいけい)*4)は有毒で、インドでは昔から自殺に使われていたと言われます。
- * 注4)塊茎(かいけい):地下茎の一部が塊(かたまり)になったもので、澱粉(でんぷん)などが貯蔵されている。ジャガイモなどが、塊茎にあたる。
保護・栽培されるメディカルハーブ
貴重なハーブの保護の目的からも、現在では栽培されているハーブも多くあります。特に、インド、バングラデッシュ、スリランカなどでは、メディカルハーブの研究プログラムが存在し、植物の保護・栽培が促進されています。
インド亜大陸各地の、ハーブの栽培状況
現在、インド、バングラデッシュ、スリランカなどでは、薬用植物の分布・発生量・用途や効能についての研究プログラムがあり、植物を保護し、栽培して増やす努力がなされています。
インドでは、200万エーカー以上の土地がこうした植物の栽培のために利用されていますが、これは他のどの国よりも大きな規模での取り組みといえます。
また、スリランカでは、植物の保護区と栽培地域を年々増やし、植物園では600種ものスリランカ原産の薬用植物を栽培・増殖させています。環境保護の意識も高く、国内に400の保安林と50の保護区が設けられ、これらの場所では薬用植物が保護されています。
スリランカでは、人々の健康への意識や、メディカルハーブを取り入れる意識も高く、伝統的なアーユルヴェーダと西洋医学を統合する方針で、1980年に「伝統医療省」が設立されました。
シンハラジャ森林保護区
スリランカの代表的な保護区としては、「シンハラジャ森林保護区(Sinharaja Forest Reserve)」が有名です。スリランカ南部の熱帯雨林地帯にあるこの広大な保護区は、スリランカ最後の自然のままの保護区、人工的に荒らされていない最後の熱帯雨林地帯となっています。
シンハラジャ森林保護区はスリランカの国立公園のひとつですが、国際的にも重要なエリアで、1978年にはユネスコの生物圏保護区に、1988年には世界遺産のリストに登録さました。
ペーラーデニヤ植物園
また、スリランカ第二の都市キャンディ近郊にあるペーラーデニヤ植物園(Peradeniya Botanical Garden)は、都会の中ながらも広大な敷地を持ち、植物の研究と繁殖の大切な役割を担っています。 植物園内では、4000種類以上の植物が見られます。
ペーラーデニヤ植物園の中には、ハーブ・スパイス・ガーデンの一角があり、様々なハーブとスパイスが栽培されている様子が見学できます。