中東の地理的定義と、その風土
“中東”とはヨーロッパから見た呼称で、狭義には、アフガニスタンを除くインドより西の西アジア地域と、アフリカ北東部を指します。
文化的・宗教的に同一なエリアに対し定義されていますが、アフリカ北東部を除けば、地理的には“西アジア”とも呼ばれる地域にほぼ一致します。
中東の国々
伝統的には、中東といえば、以下の国々を指します。
- アラブ首長国連邦、イエメン、イスラエル、イラク、イラン、エジプト、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、シリア、トルコ、バーレーン、パレスチナ、ヨルダン、レバノン
ここでは、上記の国々が占める地域を「中東」ととらえ、その地理と植物・ハーブの特色をご紹介します。
中東の地理的・風土的特色
中東の地理的特色としては、北部には大きな3つの山脈(ヒンドゥークシュ山脈、エルブルズ山脈、トロス山脈)がそびえており、中央と南部は乾燥したシリア砂漠とアラビア半島が存在しています。アラビア半島は、南西部を除いてほとんどが砂漠で、生物多様性がほとんどありません。
中東は、大まかにいえば大陸性気候ですが、地域によっては異なる気候も存在します。
文明発祥の地
中東には、古代の歴史でも名高いチグリス・ユーフラテス川が存在しますが、この2つの川の流域のアッシリア(現在のイラク)は、古代文明発祥の地であり、人類が初めて食用や薬用の植物を耕作した地域ともされています。
人の歴史・文化の歴史とともにハーブや植物と人の関わりがあったなら、古代文明発祥の地の植生も、たいへん興味深いものでしょう。
また、中東エリアの涼しい高地は、バラの祖先“ダマスクローズ”の故郷として有名です。
各地域の気候と風土
西部 = 地中海沿岸地域(地中海沿岸東部)
中東の西部にあたるのは、国としてはイスラエル、レバノン、シリア、そしてトルコの南部です。
この地域は、夏は暑く乾燥し、冬は雨が多い気候で、ヨーロッパの地中海沿岸とよく似た気候です。
こうした気候の特性から、植生もヨーロッパの地中海沿岸と似ていますが、この地域に独特の潅木も存在します。例えば、オリーブ、イチジク、マートルなどが、この地域によく見られます。
オリーブ(英名:olive、学名:Olea europaea)
オリーブの産地といえば、イタリアなどヨーロッパの地中海沿岸が有名ですが、地中海沿岸東部の中東の地域もまた、オリーブがたくさん生育している地域です。乾燥に強いことが、オリーブがこの地域に繁茂している大きな理由です。
イチジク
(英名:fig tree、学名:Olea europaea)
イチジクの果実は、“不老長寿の果物”とも呼ばれるほど栄養が豊富なことで知られます。 原産地はアラビア南部とされ、乾燥ぎみの土地でよく育つため、この地域での栽培が盛んです。
マートル(英名:Myrtle、和名:ギンバイカ、学名:Myrtus communis)
マートルは、フトモモ科の常緑低木。主に地中海沿岸が原産とされ、温暖な気候を好んで生育します。 成長すると、5m程度の高さとなり、白い花をつけます。花の後に小さな果実が実りますが、秋に黒青色になって熟した果実が、食されます。 生の花は、サラダとしても利用されます。
中東西部の地中海沿岸地方は、かつてはカシャマツがこの地域の大部分を覆っていたものの、数千年におよぶ森林伐採と過放牧により、植生が変わりました。こうした歴史の変遷も、ヨーロッパの地中海沿岸部ととてもよく似ています。
レバノンスギ(英名:Lebanon ceder、学名:Cedrus libani)
また、この地域で有名な稀少な植物として、レバノンスギ(レバノン杉、学名:Cedrus libani)が挙げられます。1907年にはすでに50本のみのレバノンスギがレバノン山に残されていましたが、現在(2017年)ではレバノンとトルコの自然保護区で保護されている状態です。
内陸部
中東の内陸部は、上記の地中海沿岸以外の、主に内陸にあたる地域を指します。この地域は、全体的に乾燥した気候です。
そのため、乾燥に強い潅木が多く自生しています。例えば、以下のような潅木が、この地域によく見られます。
- 乳香樹、ミルラ、サルバドラ、アラビアゴムノキ など
乳香樹(英名:frankincese、学名:Boswellia sacra)
乳香樹は、カンラン科ボスウェリア属の樹木。乳香樹から分泌される樹脂が、空気に触れて固化したものが、“乳香”として古代から利用されてきました。
ミルラ(和名:没薬、英名:Myrrh、学名:Commiphora myrrha)
カンラン科コンミフォラ属(ミルラノキ属)の各種樹木から分泌される、赤褐色の植物性ゴム樹脂。
古代エジプトでは、ミイラ作りのための防腐処理に使われるなど、古くから利用されてきました。 没薬樹は、アフリカの一部の地域(スーダン、ソマリア、南アフリカ)に加え、中東では紅海沿岸の乾燥した高地に自生しています。
サルバドラ(英名:toothbrush tree、学名:Salvadora persica)
サルバドラは、「arak、peelu、toothbrush tree、mustard tree、mustard bush」など多くの通称名を持ち、「ハミガキの木」として有名です。線維状の枝は、WHO(世界保健機構)によって、口腔衛生のための利用が推奨されています。また、抗尿路結石の性質も研究されています。 原産地は、アフリカの多くの地域に加え、中東では、イラン、イスラエル、ヨルダン、サウジアラビア、シリアなどの地とされています。
アラビアゴムノキ(英名:Gum Arabic Tree、学名:Acacia senegal)
アラビアゴムノキは、マメ科ネムノキ亜科アカシア属の種。 アフリカの各地や、ナイル地方が原産とされます。 アカシア属のうち、ナイル地方に生育する種には、アラビアゴムノキ(学名:Acacia senegal)以外に、学名で“Acacia giraffae” と呼ばれる種も存在します。
この地域の植物には、「球根植物」が多いのですが、それは、地中で旱魃(かんばつ)を生き延びるためです。
中東におけるハーブの位置と特色
中東では古代から、その歴史的な流れもあり、植物誌の出版が盛んでした。例えば、『イラン植物誌』『アラビアの植物誌』といったものが挙げられます。また近年でも、1988年『トルコ植物誌』が出版されています。
現代でも、中東におけるハーブの研究は盛んで、中東以外の地域からの研究も行われています。例えば、世界自然保護基金WWFは、イエメン政府に対し、「ソコトラ島<sup*1)の、繊細で乾燥した熱帯の生態系の保護に関する持続可能な開発」をアドバイスしています。
*注 1)ソコトラ島:イエメンのソコトラ県に属するインド洋上の島。アラビア半島の南300kmに位置する。
というのも、イエメン沖、アラビア半島南端の先に浮かぶソコトラ島は、本土から孤立した環境にあり、島の植物680種のうち216種が島独特の種ですが、その多くが危機にさらされています。またソコトラ島は、薬草としても重宝されているアロエ(学名:Aloe perryi)の採取場所としても重要な地でした。
ソコトラ島を含む周辺の3つの島を加えたソコトラ郡島は、2008年、ユネスコの世界自然遺産に登録されました。そして、ソコトラ郡島に生育する植物825種類のうち、307種類が固有の種です。それら固有の種の多くは、絶滅危惧種に指定されています。こうした固有の環境や植生のため、ソコトラ島は“インド洋のガラパゴス”とも呼ばれます。