北アジアのハーブ

北アジアのハーブ I ~北アジア の地理・気候・風土

針葉樹林(ロシア)

北アジアの地理的定義

アジアは一般的に、ヨーロッパを除いたユーラシア大陸の地域とされます。ユーラシア大陸の約80%がアジアに分類される地域で、世界の六大州の中で最も大きな州です。
広大な地域に渡るアジアのうち、通常、アルタイ山脈以北を北アジアと呼びます。その中には、シベリアをその主要な地域として含みます。

ロシアを中心とした「北アジア」

ロシアを中心とした「北アジア」

北アジアは、国連によって5つに分類されたアジアの中でも、最北に位置する最も広いエリアです。主にロシアのシベリア地域が、その中でも最も広いエリアとして含まれます。
国としては、ロシア、モンゴルが北アジアに含まれますが、ロシア東部とモンゴル東部は東アジアに含まれ、逆に、中央アジアのカザフスタン北部は北アジア含まれる、という見方もあります。

北アジアの気候と風土

北アジアのほとんどの地域を占めるロシアは、その西をヨーロッパ、東を日本に接するほど、広大な土地を有しています。広い地域を占める一方、気候にはあまり多くの種類がなく、そのすべてが、寒帯・亜寒帯気候*1)に属しています。

  • 注*1)寒帯・亜寒帯:
    ケッペンの気候区分で、世界の気候を気温から5つに区分したもののうち、最も寒い気候の2つ。気温の低いものから、「寒帯、亜寒帯、温帯、乾燥帯、熱帯」の分類になる。
ロシアの冬のタイガ

ロシアの冬のタイガ

厳しい気候ですが、広大なタイガ(=シベリア地方の針葉樹林)を有しており、ロシアは世界最大の森林国となっています。

ロシアの国土のうち、最も西側のヨーロッパに隣接した地域を除き、その東側の東西シベリア、極東の地域のほとんどが、広大なタイガを有しています。ロシアの森林のうち、人の手によって植林されたものは全体の1%程度とごくわずかで、国内のタイガは、そのほとんどが自然の原生林です。

ケッペンの気候区分

北アジア(ケッペンの気候区分)

北アジア(ケッペンの気候区分)

北アジア(ロシア)には、北極海に面した荒野のツンドラ気候、その南のシベリア内陸部のタイガ(大針葉樹林帯)気候などが広がります。
ケッペンの気候区分では、北部から、以下の気候が見られます。
(以下、アルファベットの記号は、上の気候図の各区分)

  • ツンドラ気候(寒帯)ET
  • 亜寒帯冬季少雨気候(亜寒帯)Dwb, Dwc, Dwd
  • 亜寒帯湿潤気候(亜寒帯)Dfb, Dfc, Dfd
  • 湿潤大陸性気候(亜寒帯)*2) Dfb, Dwa, Dwb
  • 高地地中海性気候(亜寒帯)Dsc, Dsd
  • 注*2)元々ケッペンの気候区分には無かった気候区で、トレワーサが後になって修正した気候区分。

どれも、寒帯と亜寒帯に属していて、非常に寒い地域です。

ツンドラ気候(寒帯)

ET

北極海に面した町 / ヤマロ・ネネツ自治管区(ロシア)

北極海に面した町 / ヤマロ・ネネツ自治管区(ロシア)

“ツンドラ”とは、サーミ語・ウラル地方の言語で「木がない土地」という意味です。
森林の生育に必要な気候でないため、樹木は生長できず、永久凍土が広がっていることの多い土地です。
夏には永久凍土がとけ、ツンドラと呼ばれるコケ植物や地衣類(ちいるい:菌類と藻類とが共生して一体となっている植物)などの植物が、ごくわずかに地表を覆います。

9月のツンドラ / 北極海に面したヤマロ・ネネツ自治管区(ロシア)

9月のツンドラ / 北極海に面したヤマロ・ネネツ自治管区(ロシア)

北アジアでは、北極海に面したロシアの沿岸地域に、ツンドラ気候が分布しています。ロシアの都市アナディリ、閉鎖都市ディクソンなど、極北の都市にも、この気候帯が存在します。

亜寒帯冬季少雨気候(亜寒帯)

Dwa, Dwb, Dwc, Dwd

ヴェルホヤンスク山脈(サハ(ヤクート)共和国・ロシア)

ヴェルホヤンスク山脈(サハ(ヤクート)共和国・ロシア)

亜寒帯の中でも、夏は比較的高温です。また、冬に雨が少ないこと以外は、亜寒帯湿潤気候と同じ気候ですが、雨が少なく冬は乾燥するため、実際は亜寒帯湿潤気候よりも気温が下がりやすく、気温の年較差がさらに大きくなります。
この気候帯の南部では混合林(混交林)が見られ、寒い北部にはポドゾルに覆われたタイガ(モミ、エゾマツ、トドマツなどの針葉樹の純林)が広がっています。

南ヴェルホヤンスク山脈(ロシア)

南ヴェルホヤンスク山脈(ロシア)

南部は比較的暖かいため、春小麦やジャガイモ・カブ・ライ麦などが栽培できますが、気温の低い「Dwc, Dwd」では土地もやせて穀物の生産に向きません。地域によっては、寒冷な気候にも強いタイプのジャガイモなどの作物が栽培される場合もあります。

一方、タイガが豊富なため、林業が盛んです。
この気候が見られるのはユーラシア大陸東北部に限られており、ロシアではシベリアの東部に分布します。
ロシアでは、この気候帯の中で気温の高いほうから、ハバロフスク、ウラジオストク(Dwb)、イルクーツク、チタ(Dwc)、ベルホヤンスク(Dwd)に見られます。特に、もっとも気温の低くなる「Dwd」は、世界でもロシアのサハ共和国のみに見られる気候です。

亜寒帯湿潤気候(亜寒帯)

Dfb, Dfc, Dfd

クリュチェフスカヤ山(カムチャツカ地方・ロシア)

クリュチェフスカヤ山(カムチャツカ地方・ロシア)

年間の気温差が大きい大陸性の気候です。
夏は平均気温が10度を越し温暖な一方、冬は-3℃を下回る低気温です。長い冬は積雪も多く、特に真冬は寒さが厳しくなります。
雨は1年通して平均的に降るため、それなりに湿度もあります。
ロシアの亜寒帯湿潤気候のうち、北部では酸性土壌のポドゾルに土壌が覆われ、モミ、エゾマツ、トドマツなどの針葉樹林(=タイガ)が広がっています。一方、南部では、褐色森林土が分布し、針葉樹と広葉樹の混合林(混交林)が見られます。さらに南部では、夏に気温がそれなりに上がるため、農業が可能になります。

ペトロパブロフスク・カムチャツキー(Petropavlovsk Kamchatsky)の町(カムチャツカ地方・ロシア)

ペトロパブロフスク・カムチャツキー(Petropavlovsk Kamchatsky)の町(カムチャツカ地方・ロシア)

北アジアでは、ロシアの最北の寒帯の南側に位置し、ロシアの国土を南北に分けた北側のほとんどの地域が、この亜寒帯湿潤気候になります。
「Dfc」と「Dfd」の違いは気温で、「Dfd」は「Dfc」よりも冬の気温が低く、最も寒い月の気温が-38℃未満と定義づけられています。冬は-50℃以下の気温にもなる一方で、夏の昼間は30℃以上という極地とは思えないほどの猛暑になります。このように、年間の気温差が大きいことも特徴です。

湿潤大陸性気候(亜寒帯)

Dfb, Dwa, Dwb

テクスチルシキ(Tekstilshchiki)地区の池(モスクワ・ロシア)

テクスチルシキ(Tekstilshchiki)地区の池(モスクワ・ロシア)

ケッペンの気候区分では、亜寒帯湿潤気候に含まれる区分「Dfb」と、亜寒帯冬季少雨気候に含まれる区分「Dwa, Dwb」が、ともにこの湿潤大陸性気候にも区分されます。
夏はかなり温暖なものの、冬は長く続き低温で、特に真冬の寒さは厳しくなります。そのため、年間の気温差が大きいのが特徴です。

モスクワ南部の地区(ロシア)

モスクワ南部の地区(ロシア)

季節は四季の変化があり、森林は針葉樹と広葉樹の混合林となります。
この地域では、麦・小麦・豆・芋などの穀物が生産できます。
北アジアでは、ロシアの首都モスクワを含むロシアの南西部(Dfb)、ロシア南東部の狭い地域(Dwa, Dwb)に、この気候が見られます。

高地地中海性気候(亜寒帯)

Dsc, Dsd

カムチャツカ半島南西部の町"ウスチ=ボリシェレツク"(ロシア)

カムチャツカ半島南西部の町”ウスチ=ボリシェレツク”(ロシア)

ロシアでは、亜寒帯湿潤気候(Dfc,Dfd)に隣接する地域に見られます。
夏は乾燥し、冬は湿潤な気候が特徴です。北アジアの高地地中海性気候では、夏でも気温はあまり上がりません。一方、冬は厳しい寒さで、他の亜寒帯気候と同様に、気温の年較差が大きくなります。

北アジアでは、ロシアのカムチャツカ地方の山岳地帯、またカムチャツカ半島南西部の海岸沿いや、極東の内陸部や海岸部のごく一部の地域に見られます。特に「Dsd」の気候が見られるのは、世界中でロシアの国内のごくわずかの地域のみです。

北アジア(ロシア)の風土と植生

ロシアなど、北緯45~70度に分布する亜寒帯に広がる森林帯は、「北方林(Boreal forests)」と呼ばれます。北方林には、寒冷な気候に適応した針葉樹(カラマツ属、アカマツ属、エゾマツ属、トドマツ属、チョウセンゴヨウ、トウヒ属、モミ属など)が生息しています。

夏の針葉樹林帯(ロシア)

夏の針葉樹林帯(ロシア)

また、広葉樹のカバノキ属、ハコヤナギ属も存在しています。

カバノキ(モスクワ郊外の都市オスタフィエヴォ / ロシア)

カバノキ(モスクワ郊外の都市オスタフィエヴォ / ロシア)

針葉樹林と広葉樹林は、ロシアの地域によってその優勢が異なり、シベリア中央部のエニセイ川の西では広葉樹が多く、その東では針葉樹が多くなっています。特に、シベリア中央部の東あたりでは、カラマツ属が優勢で、極東地域にいたると、針葉樹の中でも、モミ族やトウヒ属が優勢になります。

気温が低いために植物の生育は遅くなりますが、同時に土壌中の微生物の活動期間も短くなります。そのため土壌中の分解には時間がかかり、長い時間をかけることで土壌の有機物の堆積は厚くなります。また、タイガの土壌には、永久凍土*3)が存在することも、ロシアの針葉樹林帯の特長です。

北半球での凍土の分布(紫色の地域:永久凍土)

北半球での凍土の分布(紫色の地域:永久凍土)

  • 注*3)永久凍土:
    少なくとも2冬とその間の1夏を含めた期間より長い間連続して凍結した状態の土壌のこと。英語では「permanently frozen ground(永久に凍った土壌)」の意味で、1945年に「permafrost」という略語で初めて使われた。
永久凍土の地表

永久凍土の地表

永久凍土の上部(=土壌のうち地表近く)は、夏の間、凍土が溶けている場所があります。そこでは“ポドゾル”という酸性の土壌が現れ、草原となります。こうして、夏の間だけに見られる、草やコケ植物が広がるツンドラの風景が現れます。

夏の永久凍土(ロシアより北方の、ノルウェー領ヤンマイエン島)

夏の永久凍土(ロシアより北方の、ノルウェー領ヤンマイエン島)

北アジア(ロシア)の環境問題と自然保護

最近では、低緯度地域の熱帯雨林と同様に、この北方林でも、森林破壊が問題となっています。特に北方林は、地球全体の水や大気を浄化する働きを持つため、北方林の破壊は、地球全体の環境における大きな問題です。

特に、タイガの樹木は永久凍土の上に生育しているため、タイガの破壊は、地球温暖化を進行させるとも言われています。*4)

ロシアの針葉樹林帯(=タイガ)

ロシアの針葉樹林帯(=タイガ)

  • 注*4)永久凍土はその内側にメタンガスを含んでいますが、このメタンガスは、同量の二酸化炭素の20倍の温室効果を持ちます。そのため、永久凍土に存在する森林が破壊されると、直射日光が永久凍土を溶かし、大量のメタンガスが大気中に放出されます。

ロシアのタイガから切り出された木材は、高度成長期以降の日本に、建材として多く輸入されてきており、日本は最大の輸出国でした。寒帯の木材は、太くて真っ直ぐな特長があり、建材として重宝されてきたのです。こうした伐採もまた、タイガの破壊につながっていると考えられています。

木材を積んだトラック(コリャジュマ / ロシア)

木材を積んだトラック(コリャジュマ / ロシア)

また、世界の他の地域と同じように、ロシアの動植物もまた、絶滅の危機にある種が多数あります。ロシアの希少かつ絶滅のおそれのある野生生物リスト「レッド・データ・ブック」では、種子植物だけで470以上の種が、絶滅の恐れがあるとしてリストアップされています。

こうした希少な種を守る役割も担い、ロシアには300以上の国立公園と自然保護区・庭園が指定されています。

例えば、バイカル湖の湖岸にあるバイカル自然保護区(Baikal reservate)は、針葉樹と広葉樹の森を含み、森林の占める割合は、保護区内の70%にものぼります。

これらの森には、787種の植物が生育しており、そのうち「希少種、固有種、残存種」にあたる植物は約40種にのぼります。

バイカル自然保護区(ロシア)

バイカル自然保護区(ロシア)

その他にも、広大なタイガの森を含む国立公園として、ショルスキー国立公園(shorsky national park)や、ケイノゼルスキー国立公園(Kenozersky National Park)が有名です。

「シベリア最高の国立公園」といわれるショルスキー国立公園(ケメロヴォ州)は、アルタイ山脈と西サヤン山脈の雪山を臨み、鬱蒼としたタイガの森を抱えています。滝や湖など、豊富な水源とともに、自然の景観のすばらしい場所は70ヶ所以上あります。

ショルスキー国立公園(ロシア)

ショルスキー国立公園(ロシア)

また、ケノゼロ(モスクワの北およそ880km)にあるケノゼルスキー国立公園(Kenozersky National Park)(アルハンゲリスク州)は、木造の教会や古代都市も含んだ国立公園で、美しい湖で有名です。なだらかな山々を臨み、広大な湿地とタイガの森も含んでいます。2004年には、ユネスコの「生物圏保護区」にも指定されました。

ケノゼルスキー国立公園(ロシア・アルハンゲリスク州)

ケノゼルスキー国立公園(ロシア・アルハンゲリスク州)

さらに、北ウラル山脈の西側斜面から東のタイガにかけて位置するコミ原生林(Komi Virgin Forests)は、その中に自然保護区や国立公園も含む、広大な自然保護区です。

コミ原生林(ロシア)

コミ原生林(ロシア)

低地や丘、湿地、氾濫原の島々も含まれ、様々な地形を有することから、その植生も豊富です。低高度の湿原地帯では、ミズゴケ、クランベリー、ツルコケモモ、コケモモ、ホロムイイチゴなどが生育しています。
丘では、ヤナギ、西洋ナナカマド、クロスグリ(クロフサスグリ)、エゾノウワミズザクラなどが見られます。
さらに、ウラル山脈の麓は北方林となっており、ヨーロッパアカマツや、より高地ではシベリアカラマツの林となっています。

> 北アジアのハーブ II ~ ロシアのハーブと、その利用