ハーブの特別な役割:儀式の中のハーブ

儀式の中のハーブ I ~古代ヨーロッパ・中近東での、ハーブの儀式的利用

ハーブは古代から、その有効成分が知られ、医療用や日常生活の中でも利用されてきましたが、一方で、より古い時代になるほど、宗教的な儀式で使用される「神聖な植物」として認識されていました。
儀式の中で利用されるハーブには、呪術的な力があると信じられていたのです。

昨今では、ハーブは、健康増進のために日常的に利用されていますが、このような利用法がされ始めたのは、初めてハーブを煎じハーブティーとして利用したギリシャのヒポクラテスからだと言われます。

ピーテル・パウル・ルーベンス作の版画 "コス島のヒポクラテス" (1638年)

ピーテル・パウル・ルーベンス作の版画 “コス島のヒポクラテス” (1638年)

世界中のあらゆる地域で、その地での“聖なる植物”とされるハーブが存在し、特別な力があるものとして儀式の中で使用されてきたハーブ。
儀式の中でハーブを用いる用途としては、宗教的な儀式を遂行するためだけでなく、病人を癒すため(*1)や、人々が神の世界に触れるためなど、人間自身のために行われることも、多々ありました。

ハーブを口にくわえさせた粘土製のワニを患者の頭に巻きつけた偏頭痛の治療を描いたエジプトのパピルス。偏頭痛について:効果的な薬理学と抗偏頭痛治療より。

*注 1):病気は悪霊が憑くことによると考えられていたため、悪霊を追い払うことが治癒につながると考えられていた。

このように、さまざまな目的で、儀式の中で利用されてきたハーブを、地域別にご紹介していきます。

ヨーロッパ~中近東での、ハーブの儀式的利用

古代西洋・中近東世界

古代メソポタミアや古代エジプトでは、悪霊による病気を癒す薬としてのハーブの記録が残っています。

ハーブを使った治療は、悪霊を追い払うため、古代メソポタミアでは僧侶が、古代エジプトでは神官が行っていました。こうした僧侶や神官は、魔術師としての役割も担っていました。→ 古代のハーブI – 古代文明(中国、メソポタミア、エジプト、アンデス)

古代エジプト時代に建設されたギザのピラミッド群

古代の世界では、医療は宗教と密接に結びついており、ハーブの効能も“特別な力”として扱われ、宗教的な役割を果たすものも多かったのです。

こうしたハーブには、以下のようなものがあります。

バーベイン(Common Vervain または Common Verbena、和名:クマツヅラ、学名:Verbena officinalis)

バーベイン

原産地が日本、アジア、ヨーロッパ、アフリカ北部のバーベインは、古代において神事に使われていました。

ヨーロッパではキリスト教との関係が深く神聖視されています。
キリストが張り付けにされた十字架の下で発見されたとか、その際にキリストの出血を止めたなどと信じられています。

十字架に貼り付けにされたイエス

このような逸話から、バーベインは「十字架のハーブ」「聖なるハーブ」と呼ばれている地域もあります。それらの地域では、バーベインを収穫する時から儀式となっていました。祈りの言葉を唱えながら、バーベインを摘んでいたといいます。

ヒソップ(Hyssop、和名:ヤナギハッカ、学名:Hyssopus)

ヒソップ

原産地がヨーロッパ南部~アジア西部のヒソップは、聖書とつながりの深いハーブです。旧約聖書に、祭司が清めの儀式をする際のハーブとして登場しています。

ヘブライ語で「ヒソップ」は「聖なる草」という意味の語を語源としていて、キリスト教の聖地に多く自生し、神聖視されていました。

一説では、この聖書の中に出てくる「ヒソプ」という名称のハーブは、ヒソップとは別のハナハッカ(マジョラム)や他のハーブではないかとも言われています。

ヒソップだと考えられているシリアンオレガノ(イスラエル北部)

白いかわいい花を咲かせ良い香りのするヒソップは、精油を多く含み、イスラエルではハーブティーとして好まれ、またスパイス塩にも加えられます。

セージ(Common Sage、和名:ヤクヨウサルビア、学名 Salvia officinalis)

セージ

原産地が地中海沿岸のセージは、古代ローマで神聖なハーブとされていました。

あらゆる儀式においてセージが捧げられ、儀式のためにセージが採取される際には、洗い清めた身体に白い衣服を着て、素足で、パンとワインを捧げながら摘まれたといいます。

ローレル(Bay laurel、学名:Laurus nobilis)

ローレル

原産地が地中海沿岸のローレルは、ギリシャ神話のアポロン神に捧げられる神聖なハーブとして有名です。→ 古代のハーブIII – ギリシャ神話とハーブ

太陽神 アポロン

ローレルは、儀式や祭典でも使用され、人々を邪悪なものから守る魔除けとされていました。

香料としてのハーブ

また、香料としてもハーブは、古代から利用されました。
古代エジプトにおいて、ハーブは香料として初めて頻繁に使用されるようになりましたが、それらは、宗教的儀式・日常生活・ミイラの保存用としての用途が主なものでした。

それら香料としてのハーブには、

  • シナモン、ナツメグ、アーモンド、乳香、ミルラ(没薬)、ローレル、ジュニパー、ムスク、シダーウッド、オレガノ、カンショウ、コリアンダー、ショウブ

などがあります。

これらのうち例えば、古代の香料として有名な乳香は、王の様々な儀式に欠かせない香料でした。

乳香(学名:Boswellia)。カンラン科ボスウェリア属の樹木から分泌される樹脂。

また没薬は、ミイラの保存のためにその体内につめたものとして有名です。

没薬(学名:Commiphora abyssinica)カンラン科コミフォラ属Commiphoraの低木または高木からとれるゴム樹脂。


カンラン科コミフォラ属の樹木の枝と葉

香料は、神殿を清めるためにも使用されました。

古代エジプトの神殿・イシスやオシリスの神殿で、ハーブの薫香(くんこう)が焚かれ、祭祀など特別な際には、路上でも焚かれたといいます。

[フィラエ神殿] エジプト南部のアスワン近郊にあるフィラエ神殿の中心となるのが、イシス女神を祀るイシス神殿。現存する神殿はプトレマイオス朝時代に建設され、その後ローマ時代に増築されたもの。

[オシリス神殿](北の壁) 現在のエジプト・アレクサンドリア県にあり、紀元前280年~紀元前270年に完成した。

古代エジプトでは、大量の香料が使用されたといわれますが、そのほとんどは、宗教的な儀式や王族などの葬儀のためのものでした。そして、それについで、化粧品として使用される量もかなりのものだったといわれます。

熱い気温、そして水が豊富でない砂漠地帯だからこそ、殺菌や防腐・防臭も兼ね備えた知恵だったといえるでしょう。

>儀式の中のハーブ II ~ 中世ヨーロッパでの、ハーブの儀式的利用