カルペパー(Nicholas Culpeper, 1616~1654年, イギリス・サリー州生まれ)は、17世紀イギリスで活躍した薬剤師で、多くのハーブの伝統的な使用方法と知識を一般の人々へ広めました。
また占星術師としても有名であった彼は、植物と惑星の関係についても述べています。
カルペパーは現代でも人気が高く、”イギリスのハーブ療法の父”と呼ばれ、ハーブ伝統の開祖として親しまれています。
カルペパーの生い立ちと経歴
カルペパーは、聖職者の子として生まれ育ちましたが、ケンブリッジ大学進学後、聖職を選ぶことなく、薬種問屋に徒弟奉公に入り、ハーバリストの道を歩みます。
裕福な家庭の女性と結婚した後、自身の薬局(診療所)を構え、忙しい日には午前中に40人もの病人を診察したといわれます。彼の診察には、占星術の経験も利用され、多くのハーブが処方に用いられました。
こうしたカルペパーの活動から、彼は「魔術使い」として告発されたこともあります。当時のヨーロッパは、薬草を使う女性を魔女として告発していましたが、男性で薬剤師であったカルペパーでさえ、そうした告発にあったのです。
こうした告発にも屈することなく、カルペパーは、医学やハーブの知識、さらに占星術との関係についても、多くの書籍を著し、現代まで続くハーブ療法の知識を民間に広めていきます。
カルペパーの業績
17世紀当時は、現代医学への発展途上期で、それまでの民間の植物の知識は修道院の中に保持され、研究されていました。ハーブの知識は、聖職者などを含める権力者の手中に収められ、その知識はラテン語で記され、一般の人々からその知識が失われつつあったのです。
そうした時代の中、カルペパーは、古くからその地に生息する植物について知識を人々に開示していきます。
カルペパーはラテン語に精通していたため、当時、公にすることが禁じられていたラテン語の『英国薬局方(British Pharmacopoeia)』を初めて英訳し出版しました。
ラテン語が読めない民間の人々へ医学の知識を伝え、医師にかかることのできない人々を病から救ったのです。
貧しい人々には、安い受診料で毎日何十人の診療し、カルペパーの診療所の前にはいつもたくさんの人の列が出来ていたと言われます。
こうした彼の姿勢は、医学知識を独占していた医学会からの反発がありましたが、それでも彼は、多くの医療に関わる書籍を出版します。
カルペパーの著書
彼の著書として、主に以下のものが挙げられます。
- 「A Physical Directory, or a Translation of the London Directory」(1649年)、タイトル和訳「身体の指導書、またはロンドン薬局方の翻訳」
- 「Directory for Midwives」(1651年)、タイトル和訳「助産師のための指導書」
- 「Semeiotics Uranica」(1651年):疾病への占星術的判断
- 「The English Physitian 」(1652年)、タイトル和訳「英語で書かれた療法」
- 「The Complete Herbal 」(1653年)
- 「Astrological Judgement of Diseases from the Decumbiture of the Sick」(1655年):近代初期のヨーロッパで、メディカル・アストロロジー(医療占星術)の実践書として最も詳しいもの。
「A Physical Directory, or a Translation of the London Directory」(1649年)は、それまで薬剤師が処方において準拠していた内科医師会編『ロンドン薬局方』(Pharmacopoeia Londonesis)の英訳です。ほとんどの薬剤師が読めなかったラテン語の書籍を英訳したことは、非常に画期的なことでした。
「Directory for Midwives」(1651年)は、「助産師のための指導書」という意味のタイトルですが、後に出版された「Culpeper’s English physician and complete herbal」の中では、妊娠と分娩の経過についての図版が見られます。
「Semeiotics Uranica」(1651年)は、疾病に対する占星術的判断について記された書ですが、彼の業績の集大成「Culpeper’s Complete Herbal」においても、占星術の理論を使ったハーブの解説がなされています。
「English Physitian」(1652年)は、英国内で読まれただけでなく、その後の歴史の中で、北米の植民地へ運ばれ、現地では医療書としても重宝されました。→ 近世のハーブI – 近世の定義と、本草書の百花繚乱期 1.イギリス
そして、カルペパーの業績の集大成「CULPEPER’S COMPLETE HERBAL」(1653年)は、現代のハーブ療法やアロマテラピーにつながる植物療法の源流ともいえます。
「Culpeper’s Complete Herbal」は、2015年、和訳の書籍が出版されました(「カルペパー ハーブ事典」ニコラス・カルペパー著、出版社:パンローリング より)。
この書籍では、カルペパーが記した329種のハーブが記載されています。
さらにその3年後に著された「Astrological Judgement of Diseases from the Decumbiture of the Sick」(1655年)は、近代初期のヨーロッパで、メディカル・アストロロジー(医療占星術)の実践として最も詳しい書籍でした。カルペパーが、植物・薬草の研究と同時に、占星術師としての研究・実践でも名を馳せている事実が、彼の実績からもうかがえます。
カルペパーの植物療法の思想と特徴
カルペパーは、地元で育った植物を調合していましたが、それは、その人が住む土地の植物がその人間にとって最も良いという考えからでした。
カルペパーの著書『英語で書かれた療法 (English Physitian)』(1652年)は、英語で記されたはじめての書籍でしたが、これにより、薬草による”セルフケア”の機会を、一般の人々に広めることになります。
セルフケアの考え方をはじめ、カルペパーのこうした姿勢は、現代のホリスティック医療の姿勢を先取りしているものと言えるでしょう。
一方で、カルペパーは医師免許を持っておらず、また占星術も行っていたため、当時の医学会からは反発もありました。こうしたカルペパーの立場もまた、現代の代替医療の置かれた状況に近いともいえるでしょう。
医師としてでなく身体の不調にハーブで対処したカルペパーは、現代英国のハーバリストのような存在ともいえるでしょう。
また彼は、植物と惑星の性質を関連づけることで、占星術と植物を結び付けました。人間の身体や健康を、肉体という物質面からとらえるだけでなく、宇宙の星とそのエネルギーとも調和するものとして捉えていたことに、彼の思想の奥深さがうかがえます。
現代でも占星術の世界では、植物との惑星の関連性が研究され、実践にも生かされています。
カルペパーのハーブ
カルペパーが「The English Physitian」 (1652年)で述べているハーブの一部を、ご紹介します。
- アネモネ、ベッドストロー、バードック、フリーベイン、ヘレボルス(クリスマスローズ)、マグワート、ペニーロイヤル、セイヴォリー、ウッドベトニー
上記のハーブについて、カルペパーはこのように解説しています。
- アネモネ(英名:Anemone、和名:ボタンイチゲ、学名:Anemone coronaria):
潰瘍(かいよう)、感染をきれいにするため、またハンセン病の治療のため、外用として液体で用いる。また鼻孔をきれいにするために、吸引する。
- ベッドストロー(英名:Bedstraw、和名:カワラマツバ、学名:Galium verum):
オイルで沸騰させた後、刺激剤として外用する。催淫薬として使用、また血液凝固を促す。
- バードック(英名:Burdock、和名:ゴボウ、学名: Arctium lappa L. または、Arctium L. ):
つぶして塩を混ぜ、犬に噛まれた際に利用する。また、ガスによる腹部の膨張に対してや、歯痛の際の鎮痛剤として、背中を強化するためなどに、内服薬として有効。
- フリーベイン(英名:Fleabane、和名:ハルジオン、ヒメジョオン、学名:Erigeron annuus, Erigeron philadelphicus):
有毒動物に噛まれた際に有効。燻製して、ブヨやノミの退治に利用される。
- ヘレボルス(クリスマスローズ)(英名:Hellebore、和名:カンシャクヤク、学名:Helleborus):
すりつぶし粉状にして吸引するとくしゃみの原因になるが、食品と混ぜて、ねずみなど齧歯(げっし)動物の退治に有効。
- マグワート(英名:Mugwort、和名:ヨモギ、学名:Artemisia princeps):
分娩の促進。分娩時と出産後の助けとなり、分娩時の痛みを楽にする。
- ペニーロイヤル(英名:Pennyroyal、和名:メグサハッカ、学名:Mentha pulegium):
女性の背中を強くする。めまいに対して有効で、また、お腹のガスを出す助けにもなる。
- セイヴォリー(英名:Savory、和名:キダチハッカ、学名:Satureja L. ):
駆風(くふう:=お腹のガスを出す)効果。エンドウ豆や他の豆と混ぜることで、この効果が強化される。
- ウッドベトニー(英名:Wood Betony、和名:カッコウチョロギ、学名:Stachys officinalis):
癲癇(てんかん)と頭痛に対して有効。助けになる。
痙攣(けいれん)、ひきつけ、打撲やあざ、痛風に対して有効。また出産後のサポートしたり、虫を退治する。
カルペパーとアロマテラピー
カルペパーは多くのハーブについて記していますが、彼が扱ったハーブには、現代のアロマテラピーで使われるものも多くありました。例えば、
- バジル、カモミール、クラリセージ、フェンネル、ガーリック、ヒソップ、ジュニパー、ミント類、ラヴェンダー、マージョラム、ローズマリー、ローズ、セージ、タイムなど
現代でもカルペパーの人気が高いのは、このように、アロマテラピーを含むあらゆるハーブ療法、そして占星術など、代替療法的なアプローチを統合的に利用し人々の健康に役立てた、という、彼の懐の広い視野と思想のためと言えるでしょう。
こうした統合的な視点は、現代の代替療法家にはとても魅力的かつ、ハーブ療法の民間利用のまさに開祖と言えます。