ディオスコリデス(ペダニウス・ディオスコリデス、Pedanius Dioscorides、40年頃~90年)は、1世紀に活躍した古代ギリシャの医師・薬理学者・植物学者でした。
当時はローマ帝国初期の時代で、ディオスコリデスは医学を修めた後、ローマ皇帝ネロの時代にローマの軍医となりました。ローマ軍の遠征に従事したことから、遠征で訪れた各地や、ギリシャ・ローマ各地の植物を研究しています。
『薬物誌』
ディオスコリデスの代表作『薬物誌』(『マテリア・メディカ』)は全5巻からなり、彼の植物研究の集大成です。約600種類の植物について記載された『薬物誌』は、植物観察のみでなく、医学的な効能・薬理効果について触れられているのが特徴です。また植物以外も含む薬物全体としては、1000種類もの項目が記述されています。そのうちの100種以上の薬剤は、現在でも使用されているものです。
薬効の内容としては、消毒、抗炎症、鎮痙、興奮、避妊、妊娠、出産など多岐にわたるもので、それらの症状にあわせての投薬量や使用方法が記載されました。
『薬物誌』は、ディオスコリデス以後のヨーロッパにおいて以後長く参照され、ディオスコリデスは『薬学の父』と呼ばれることとなります(「薬理学の父」「薬草学の父」とも呼ばれる)。
『薬物誌』についてディオスコリデスは、「理論より事実を、書物より自分の観察を重視して編集した」と記しており、その記述の通り、『薬物誌』は非常に実用的な観察の書となっています。
また『薬物誌』の特徴として、ディオスコリデスは植物の分類を、人体への影響を基準として行った点が上げられます。症状から、それに対して使用できる薬剤と治療法が検索できた点は、非常に実用的でした。
『薬物誌』の5巻は、以下の内容に分類されています。
- 第1巻:香料、香油、軟膏、樹脂、樹皮、果実を産する草や木
- 第2巻:動物、その乳、蜜、脂肪、穀物、食用野菜
- 第3巻・第4巻:根・液汁などいわゆる薬草、種子類
- 第5巻:酒精類、鉱物類
(以上、分類の内容の引用・Wikipediaより)
西洋~アラビア世界への影響
後にガレノスは『薬物誌』を「最も完全な本草書」と称賛していますが、ディオスコリデスの死後100年頃には、ローマ世界に『薬物誌』は広く知られていました。さらに、西洋~アラビア世界の歴史の中で、他のギリシャ医学の文献とともに『薬物誌』もまたアラビア世界に伝わり、アラビア医学の発展に貢献することになります。
例えば、ティムール朝時代に書かれたイブン・シーナの『医学典範』は、ディオスコリデスの本草書『薬物誌』を基にしており、約811種の生薬が記載されています。→ 中世のハーブII – 中世、ハーブの発展を担ったアラブ・イスラム世界
同時にヨーロッパでもその後長く『薬物誌』は参照され、中世後期になるまで、ディオスコリデスの『薬物誌』が、植物についての知識の規範とされていました。→ 古代のハーブIV – 古代ギリシャ・古代ローマ:ハーブの利用と文献
近世以降への影響
近世に入っても『薬物誌』は大きな影響を与え、例えば、ジェラードの『本草書』は、植物そのものを観察するという近代の形への移行の形を含みながらも、ディオスコリデスの『薬物誌』の影響も多々受けていました。 → 近世のハーブI – 近世の定義と、本草書の百花繚乱期 1.イギリス
また、16世紀、近世ドイツの植物学者オットー・ブルンフェルスやレオンハルト・フックスらにも『薬物誌』は多大な影響を与えました。