日本とは気候も異なり、あまり馴染みのない地域である中央アジアですが、この地域原産のハーブや植物には、日本でもおなじみのものもあります。
以下に、中央アジア原産やこの地で自生するハーブ、また、中央アジアを舞台にしたハーブの研究とその成果などを、ご紹介します。
中央アジア原産のハーブ
ニンニク
(英名:Garlic、和名:忍辱、学名:Allium sativum)
ニンニクは、ヒガンバナ科ネギ属の多年草です。かつては、クロンキスト体系*1)による分類でユリ科とされていました。
- 注*1)クロンキスト体系:
1980年代にアーサー・クロンキストが提唱した、被子植物の分類体系。1990年代にAPG体系が登場するまでは最新の分類体系だったが、21世紀の現在では旧分類となっている。
ニンニクの原産地は、中央アジアと推定されています。冷涼な気候で生育しやすく、暑さはやや苦手です。
一方で、人類のニンニクの利用は非常に古くから歴史があり、紀元前3200年頃には古代エジプトなどで栽培・利用されていた記録があります。現存する最古の医学書『エーベルス・パピルス』にも、薬としても記載されているほどです。
ニンニクの生態
野生のニンニクは、5月頃に白い小さな花を咲かせます。栽培用のニンニクでは、香辛料として利用する地下茎の部分を太らせるため、花芽は摘み取られます。摘み取った茎は、柔らかければ野菜として利用されることもあります。
ニンニクの利用
ニンニクは香りが強いため、肉の臭みを消す香辛料として食用に利用されます。また、食欲をそそる香味を料理に加えます。このニンニク特有のにおいは、成分のアリシンによるものです。
ヨーロッパや中国など、世界中の地域で、香辛料として利用されています。
薬効としては、無臭の成分スコルジニンが、強力な酸化還元作用・新陳代謝促進・疲労回復・強壮/強精作用を有しています。また、殺菌・抗菌作用もあると考えられています。
香辛料として利用されるのは主にニンニクの球根(鱗茎)で、他に、茎も「ニンニクの芽」と呼ばれ野菜として調理されます。スタミナ料理にはかかせない材料です。
栄養的には、ビタミンB6の含有量が非常に多く、また、同時に摂取する食品中のビタミンB1の吸収を促進する効果も知られています。
最近日本では、高温多湿な環境で1ヶ月ほど熟成させた「黒ニンニク」が、健康食品としても注目されています。
アサ
(英名:Cannabis / Hemp、和名:アサ、学名:Cannabis L.)
アサは、アサ科アサ属の一年草の草本です。
原産地は、中央アジア(または中央アジアから西アジア)とされます。
古くは中東で栽培され、中国でも古来から薬用利用されるなど、人類の長い歴史の中で利用されてきました。
アサの生態
アサは、雌雄異株で、約4ヶ月弱という短い期間で背丈2.5mにまで成長するのが特徴です。この成長の速さから、繊維などさまざまな用途に利用する植物として、栽培されています。
また、アサは茎がまっすぐに成長するのも特徴です。葉の形も特徴的で、日本では「麻(アサ)の葉模様」としてデザインに用いられてきました。
アサの利用
アサは、すでに1万2000年前には、中央アジアで栽培されていたとされます。繊維や食用の穀物として、またその実を利用するために、栽培され、急速に各地に広がっていきました。本来の野生種はすでに絶滅したとされていますが、それは、古くから盛んに栽培されてきたことによると考えられています。アサの花粉は周囲2km程度に飛散するため、同じアサの他の種との交配が、容易に起こるためです。
また、アサの実は、古代から重要な食料でした。辛味とさわやかな芳香もあり、香りづけや香辛料として利用されます。食用の香料として承認されており、安全性も認められています。
同時に、アサの実は生薬としても利用され、漢方では「麻子仁(マシニン)」と呼ばれ、穏やかな便秘薬などとして利用されます。また栄養価も高く、特にたんぱく質が豊富で栄養バランスも良く、大豆に匹敵するほどの栄養価です。
また、アサの実を絞り、アサの油が圧搾されますが、アサの実には油分が30%以上も含まれます。
麻薬としてのアサ
アサといえば、麻薬の大麻が思い起こされます。実は、精神作用のある麻薬成分ハッシシが抽出されるのは、アサの中でも、背丈の低いインディカ種(Cannabis indica Lam.)です。
一方、背の高いサティバ種(Cannabis sativa L.)は、薬や食物、また加工される繊維として、用いられます。
また、背が低く枝分かれしない種「Cannabis ruderalis Jan.」も確認されています。
これらのうち、中央アジアを原産地とする種は、サティバ種(Cannabis sativa L.)です。
アサの成分と薬用利用
アサの葉と花には、薬理作用のある成分が多く含まれています。特に雌株の花穂に生成される樹脂には、向精神性のある成分「テトラヒドロカンナビノール(THC)」が多く含まれますが、このテトラヒドロカンナビノール(THC)から麻薬成分のハシシが製造されます。
アサには、テトラヒドロカンナビノール(THC)以外にも100以上のカンナビノイド*2)が含まれます。これら多数のカンナビノイドは、体内のあらゆる場所に受容されるため、医療用としてもアサは広く応用されるのです。
- 注*2)カンナビノイド:
アサ(大麻草)に含まれる化学物質の総称。60種類を超える成分が、アサに特有のものとして分離されている。カンナビノイドの種類によって、体内で様々な作用をもたらす。
アサの他の成分として、多くのテルペンを含みます。これらのテルペンは、匂いを発し、抗炎症・抗菌・抗不安・鎮痛などの作用があります。
アサに含まれるテルペンには、リモネン、ミルセン、ピネン、リナロール、ネロリドールなどがあります。
他にも、21種類のフラボノイドが、アサの中に確認されています。
アルファルファ
(英名;Alfalfa、和名:ムラサキウマゴヤシ(紫馬肥やし/糸もやし)、学名:Medicago sativa)
アルファルファは、マメ科ウマゴヤシ属の多年草です。ヨーロッパでは、ルーサンと呼ばれています。
原産地は、中央アジアとされています。
アルファルファは、成長すると背丈1mほどになります。夏に紫色の花をつけますが、マメ科植物の花の特徴で、蝶の形をしています。
アルファルファの利用
アルファルファは栄養豊富なため、理想的な食物とされます。アルファルファという名前も、ペルシア語の「最良の草」を意味する言葉が由来というほど、その高い栄養価が知られ、「全ての食物の父」と別名も持つほどです。
アルファルファに含まれる栄養素は、たんぱく質、ビタミンA(β-カロテン)、ビタミンB群(ビタミンB1、B2、B6、葉酸、ナイアシン等)、ビタミンC、E、K、ミネラル(カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、鉄等)、食物繊維などで、実に多くの栄養素をバランスよく含んでいます。
植物は発芽の際に多くの栄養素・成分を合成するため、発芽直後のスプラウト(=新芽)の状態のアルファルファには、さらに多くの栄養素が含まれています。
アルファルファのスプラウトは、生のままサラダとして、よく食されます。
また、成長後のアルファルファも、葉や茎がサプリメントとして利用され、柔らかい葉はハーブティーにも利用されます。
ハーブティーとして利用すると、穏やかな風味と、甘みのある草の香りを楽しめます。緑茶に似た風味もあり、クセがなく飲みやすいのが特徴です。ペパーミントやネトルなど、加えたい効果のあるハーブとブレンドして飲用されることもあります。
さらに、アルファルファは、はちみつの採取のために栽培され、利用されることもあります。「アルファルファはちみつ」として知られています。
また、栄養価に優れていることから、古くから動物の飼料としても利用されてきました。紀元前から、牧草(家畜の飼料となる草)として利用されていたことがわかっており、これは、牧草としての最古の歴史です。
アルファルファの薬効
栄養満載のアルファルファには、疲労回復、便秘・むくみ・女性特有の不調の改善効果が知られています。
メディカルハーブとしてのアルファルファは、葉・茎・花が利用されます。
ビタミン・ミネラルなど栄養補給、疲労回復、利尿作用、緩下作用、老廃物の排出、コレステロール低減、などの作用があり、糖尿病の改善にも、その効果が期待されています。
また、アルファルファには体内の不要物を排出する強い作用があり、「クレンジングハーブ」とも呼ばれています。
中央アジアで重要なハーブ
カラシナ(マスタード)
(英名:Mustards、和名:芥子菜 / 辛子菜、学名:Brassica juncea)
カラシナは、アブラナ科アブラナ属の植物です。英名の「マスタード」は、香辛料としてよく知られています。
和名での「芥子(からし)」は、香辛料・薬用のカラシナの種子のことです。
カラシナはもともと、クロガラシ(学名:Brassica nigra)とアブラナ(学名:Brassica rapa)の自然交雑した種で、これらが地中海沿岸から伝播する間に交雑して生じた種と考えられています。交雑して生じたカラシナの原産地は、中央アジアとされます。
マスタードが利用されてきた歴史は非常に古く、古代メソポタミアで利用されていたハーブにも、マスタードは含まれています。
また、古代エジプトでも、マスタードは主に食用として利用されていたことが、当時のパピルス(=植物繊維で作った紙)に記載されています。
カラシナの生態
カラシナは、成長すると、背丈1~1.5mになります。小さくて黄色い花が4~5月に咲きます。
開花の後、莢(さや:種子がはいっている“から”)ごとに収穫され、直径約1mmの種子が採取されます。
カラシナの利用
カラシナの葉は、野菜として食用に利用されます。
種子は、その油分や辛味により、香辛料として利用されてきました。
例えば、日本の「和からし」も、カラシナの種子を原料として、油を絞った後、細かく砕いて乾燥させ「粉からし」が作られます。
マスタードシードには、主に4つの種類があり、それぞれに特徴があります。
中央アジアが原産のからしの種=マスタードシードは、この「セイヨウカラシナ(学名:Brassica juncea)」の種子で、「ブラウンマスタードシード」と呼ばれます。このセイヨウカラシナは、地中海原産の辛味成分の強い種を持つカラシの種の交雑種とされます。
「クロガラシ(学名:Brassica nigra L.)」と呼ばれる地中海原産のカラシの種は、「ブラックシード」と呼ばれ、黒い外皮で小粒でよろい辛味が強いのが特徴です。一方、中央アジア原産のセイヨウカラシナは、外皮の色がやや薄く、辛味も控えめのため、様々な料理に使いやすい品種です。
その他にも、カラシナには様々な変種が存在します。
香辛料として利用されるカラシの辛み成分には、殺菌作用や食欲増進効果があります。
一方で、種子は薬用にも利用されてきました。
カラシナの種子には辛味配糖体のシニグリンなどを含み、この成分の薬効から、引赤、鎮痛、鎮咳のために利用されます。
アプリコット
(英名:Apricot、和名:アンズ(杏子/杏)、学名:Prunus armeniaca)
アプリコットは、バラ科サクラ亜科の落葉小低木です。
原産地は、ヒマラヤの西部から、中央アジアのフェルガナ盆地*3)にかけての地域です。
- 注*3)フェルガナ盆地:
中央アジアのウズベキスタン共和国東部からキルギス共和国、タジキスタン共和国に広がる地域。
別名「唐桃(カラモモ)」とも呼ばれ、中国北部では、ウメと交雑した痕跡のある東洋系の品種もあります。
アプリコットの利用
アプリコットは食用として主に果実が利用されます。
果実は、生で食べられるほか、ジャムや乾果物にも加工されます。原産地の中央アジアとヨーロッパで採れるアプリコットは、甘い味のため、食用として好まれます。
また、アプリコットの種子は、咳止めや風邪の予防薬として利用されます。アプリコットの成分の、青酸配糖体、脂肪油、ステロイドなどが、これらの症状に効果を発揮します。
これらの民間薬は、漢方では「杏仁(きょうにん)」という名で知られ、鎮咳、去痰の作用、嘔吐に対する薬でもあります。
この「杏仁(きょうにん)」を水蒸気蒸留して精製したものは、「キョウニン水」と呼ばれ、同じく鎮咳に用いられます。
ウズベキスタンでは、アプリコットを一晩お湯に浸すか、沸騰した湯で数分煮たのち冷やして、アプリコット・ウォーターとするようです。特に、朝、このアプリコット・ウォーターを飲むことが健康に良いと認識されています。
中央アジアでの薬草栽培と、栽培ビジネス
タジキスタンの甘草栽培
中央アジアのタジキスタンでは、現在、薬用植物として甘草(カンゾウ)の栽培が行われています。タジキスタンは、天然資源が乏しい一方、自然環境は豊富なため、こうした薬用植物の栽培がビジネスモデルとなっています。
甘草の学術的な研究と、ビジネスとしての栽培を合体させたプロジェクトで、このプロジェクトには日本のJICA(ジャイカ、独立行政法人国際協力機構)も支援を行っています。
スペインカンゾウ
(英名:liquorice / licorice、和名:スペインカンゾウ / セイホクカンゾウ / ヨーロッパカンゾウ、学名:Glycyrrhiza glabra)
中央アジアで栽培される甘草は、スペインカンゾウと呼ばれる種です。南ヨーロッパから、小アジア、中央アジア、ロシア南部、中国の新疆(しんきょう)ウイグル自治区まで、広い地域で生育しています。
これとは別の種で、日本を含む東アジアで知られてきた「甘草(カンゾウ)」は、ウラルカンゾウ (英名:licorice chinese、学名:Glycyrrhiza uralensis) という種です。
スペインカンゾウとウラルカンゾウは、その葉の外見から、違いが見分けられます。どちらも茎の左右に羽状に小さな葉をつけますが、スペインカンゾウは小葉の形が細長く卵形であるのに対し、ウラルカンゾウは、より丸みを帯びた小葉で、葉の先の形がスペード型になっているものもあります。
一般的に、ウラルカンゾウよりスペインカンゾウの方が背丈が高く育ちます。
タジキスタンでの状況
タジキスタンでは、国内に貴重な薬草の甘草が自生しています。甘草は、漢方薬でも有名で需要の高い薬草です。一方、タジキスタン国内ではその薬効はあまり知られておらず、さらに世界的には甘草の薬効のため、その乱獲による枯渇の危機に面しています。
こうした諸状況から、JICAは2012年より2年間の、タジキスタンでの薬草栽培の研究を支援、調査しました。
さらにJICAは、2013年より、企業のタジキスタンでの薬草ビジネスの展開の可能性についても、調査・支援してきました。現地での薬草ビジネスのモデル構築、現地スタッフの育成や技術指導などをサポートし、現地の人々の生活と経済の向上にも、貢献してきています。
こうした研究やビジネスの試みを通し、甘草はこの地で栽培されています。甘草の根を収穫すると、これを乾燥した後、生薬としての甘草が利用されます。
中央アジアでの、シナヨモギ栽培
シナヨモギ
(学名:Artemisia cina)
シナヨモギは、キク科ヨモギ属の多年生半低木です。別名で「セメン・シナ(semen cina)」とも呼ばれます。
中央アジアのトルキスタン地方に自生しています。
成長すると背丈は30~50cmになり、その下部は木化します。
葉はヨモギに似て羽状に分裂し、花もヨモギに似た黄緑色です。花の形は、タンポポやひまわりのように、小さな花が多数集まってひとつの花に見える形状です。
開花前の花を乾かしたものは、有効成分のサントニン*4)を含み、古くからお腹の虫下し=回虫の駆除剤として利用されてきました。
- 注*4)サントニン:
ヨモギの類のつぼみから抽出される無色・板状の結晶。苦味がある。経口で摂取すると、サントニンの働きにより回虫は次第に運動性を失い、腸の蠕動(ぜんどう)運動により、対外に排出される。
ヨモギ属の植物は、古くから人類を悩ませてきた寄生虫に対する薬草でした。古くは古代ギリシャやローマから、ヨモギ属の種の花蕾が、寄生虫退治に利用されてきました。
寄生虫退治のためのヨモギ属の種は、西アジアからヨーロッパへ輸出されていたものもあります。
近代になり、1829年には、このヨモギ属の種の花蕾から、有効成分「サントニン」の結晶が得られると、1833年には、メルクが純粋な形での「サントニン」の分離に成功しました。サントニンは、寄生虫のうちの回虫を、人体の中で麻痺状態にすることで、その効果を発揮します。
この成分・サントニンが抽出される植物がシナヨモギで、中央アジアで栽培されるようになりました。ロマノフ朝*5)時代には、国外への持ち出しが禁止され、独占的に流通されていました。日本でも、明治以降、第一次大戦までは輸入に頼っていたほどです。
- 注*5)ロマノフ朝:
1613年~1917年の期間続いたロシアの王朝で、歴史上最後のロシアの王朝。
現在でも、シナヨモギはサントニンを得るため、栽培されています。
一方、シナヨモギの種もまた生薬として利用されますが、この生薬となる種子の部分は、ラテン語で「セメン・シナ(semen cina)」と呼ばれ、「シナの種子」という意味を持ちます。