西洋文化に言及する際、はずすことができないのが「ギリシャ神話」(紀元前9世紀~8世紀頃に体系的に成立)です。
ギリシャ神話には、様々なハーブが神々とともに登場し、現代の植物の学名の由来になったものもあります。
ヤロウとアキレウスの物語
傷の手当てに効果のあるヤロウ(Yarrow、和名:セイヨウノコギリソウ)。
ヤロウのの学名「Achillea millefolium」は、トロイ戦争の英雄アキレウスが、負傷した自らの軍の手当てに利用したという伝説に由来しています。
古代、ヤロウは、負傷した戦士の血を止める薬草として利用されていたようです。
今もスコットランドでは、傷薬の伝統的な軟膏としてヤロウが利用されています。
*アキレウス:
ギリシャ神話に登場する英雄。神の血を引くが、人間と同様、不死身でなかった。アキレウスの母は、アキレウスを不死の体にするため、冥界の川に産まれたばかりのアキレウスを浸したのだが、この時、アキレウスの踵(かかと)を掴んで水に浸したため、踵だけが不死身とならず、アキレウスの弱点となった。
その他にも、ギリシャ神話には、
- 「スィートベイ(ローレル)、ラズベリー、パスクフラワー(セイヨウオキナグサ)、ミルラ(没薬)」
などが登場します。
ローレルとアポロンの物語
ローレル(月桂樹)は、恋の矢を射られたアポロンが、無関心の矢を射られたダフネを追って求めるも、アポロンの父ゼウスによってダフネが変身させられてしまった樹木です。それゆえアポロンは、月桂樹の冠を栄誉の印として、英雄や詩人、戦士などに送ったとされています。
ミルラとミュラーの物語
ミルラ(没薬)は、人間の美しい王女ミュラーが、女神アフロディーテーによって変身させられた樹木です。
ミルラは、古代エジプトのミイラ作りにも使用されるほど防腐効果が高く、また怪我の回復を早める効果もあります。
愛の女神アフロディーテーの嫉妬の逸話は、ミルラの独特の魅惑的な芳香をも、彷彿とさせます。
ミルラはまた、古代ギリシアの兵士に血止めとしても利用されていました。
*ミュラー:
アフロディーテーを信仰する彼女の一族が「ミュラーは女神アプロディーテーよりも美しい」と言ったことを聞いて怒ったアフロディーテーは、ミュラーに実の父を愛するように仕向け、乳母の取り計らいで実の父と一夜をともにします、それが実の娘だと分かって怒った父がミュラーを殺そうとしたところ、神々がミュラーを没薬の木に変えたといいます。この没薬の幹が裂けて生まれたのが、アドニスです。
また、ハーブの学名として、ギリシャ神話の神の名がつけられているものあります。
女神アルテミスの信仰:ヨモギの学名
ギリシャ神話の女神アルテミスは、元々ギリシャ神話起源ではなく、古代アジアの女神アルテミスが、ギリシャにも同化したものと考えられています。
ギリシャ神話では、アルテミスは狩猟をつかさどる処女神で、後に月の女神になったとされます。
ギリシャ神話では処女神とされながらも、また、その信仰の原型では、妊婦の守護神と同一視されたり、また子供の守護神だったり、小アジアでの信仰では地母神でもあったようです。
また、ローマ神話の豊饒の女神ディアーナと同一視されることで、アルテミスは「豊穣と多産のシンボル」ともされました。
女性としてのあらゆる側面を、各地の信仰において担った女神アルテミスは、薬草のヨモギの学名「Artemisia(アルテミシア)」の由来となっています。
ヨモギは女性に大変有効な薬草で、例えば、月経や分娩の調整にも利用されます。神話の女神アルテミスの性質が、ヨモギの薬効にも反映されているのは、大変興味深いですね。