ハーブの特別な役割:儀式の中のハーブ

儀式の中のハーブ III ~ 新大陸:ネイティブ・アメリカンによるハーブの儀式的利用

新大陸では、大航海時代にヨーロッパ世界から発見された後、さまざまなハーブがヨーロッパとの間で流通しました。新大陸のハーブがヨーロッパへ伝えられる一方で、移民としてやってきた人々が薬や食用として自分たちの健康のために、ヨーロッパのハーブを新大陸に持ち込むこともありました。

大航海時代以前にももちろん、アメリカ大陸に居住する先住民たちによって、新大陸に生息するハーブは、発見・利用されていました。

アメリカ大陸原住民ナバホ族の聖地”モニュメント・バレー”と、砂漠の樹木

新大陸でもまた、ハーブは、実用的な利用法のみならず、儀式的な使われ方がされてきました。
今でも、ネイティブ・アメリカンの人々は、日常生活においてや、儀式の際に、自生しているハーブをメディスン・ハーブとして利用しています。

ネイティブ・アメリカンの儀式と文化

ネイティブ・アメリカン

ネイティブ・アメリカンのハーブの文化の中で特徴的なものに、”スマッジ”や、”スウェットロッジ”などがあります。

スマッジ(Smudge)

ホワイトセージのスマッジ・スティック(乾燥葉の束)

“スマッジ(Smudge)”の英語の意味は、「燻(いぶ)す」。乾燥させたハーブを束にして燃やすことです。ネイティブ・アメリカンの文化では、スマッジの煙によって、場所の浄化や病を体から追い出すことが、儀式として行われます。

壷に入れ燃やされているハーブ

スウェットロッジ(sweat lodge)

“スウェットロッジ(sweat lodge)”は、直訳すると「汗の小屋(発汗部屋)」の意味。また、その小屋の中で行う儀式のことです。小屋の中では、熱した石の上にハーブが乗せられ、煙と香りでいっぱいになります。

スウェットロッジの外観

非常に熱い蒸気の中に、かつては暗い小屋の中、全裸で身を置いたこの儀式は、「治癒と浄化の儀式」ととらえられています。また、スウェットロッジ自体が儀式である一方で、部族の決め事を行ったり、他の儀式の前に浄化として行うこともあります。
肉体的には、蒸気で汗をかく「蒸し風呂」でもあります。

スウェットロッジの骨組みと内部:柱が4×4本の「スウェット・ロッジ」の構造(ワシントン州シアトルの”夜明け星の文化センター”)

スウェットロッジの小屋は、、柳やセイヨウハシバミの枝を組んで作ったウィグワム(wigwam、ドーム型の住居)に、バッファローの毛皮(現代では毛布や防水シート)を掛けて作られたものです。
柳には「頭痛を跳ね除ける」力があると信じられているためです。

(Willow、学名:Salix L.)

柳(Salix alba)の葉

柳は枝や葉にサリチル酸を含み、解熱鎮痛効果があります。現代の鎮痛剤のアスピリンは、柳から作られたことで有名です。また、葉にはビタミンCが多量に含まれています。

柳(Salix alba)

スウェットロッジは、そのそばに必ず川などの水辺があり、治癒の力を持つとされる白柳が生えている場所に作られます。
また、ロッジの床にはセージが敷き詰められ、ロッジの内部には、セージをバッファローの頭蓋骨の眼窩に差して置かれます。

フーパ族の木の屋根と石壁で出来たスウェット・ロッジ(1923年)

スウェットロッジの儀式は、呪い師の先導で小屋の中に導かれて行われ、その他、儀式の介添え人や火の番なども儀式を共にします。

儀式の中では、ハーブで作った「聖なるパイプ」や、中央の炉の上の熱した石の上に乗せられるセージや杉の葉が、利用されます。

この丸いロッジ自体が子宮を表していて、極度に暑い蒸気の中で行われる儀式は、子宮から新たに生まれ出ることを象徴しているのでしょう。
儀式の中で、呪い師が歌う祈りの歌や、聖なるハーブの香りの蒸気を自らに取り入れる。こうした儀式の過程の中で、儀式を経験する者は、大精霊と祖先の霊への祈り、そして、個人の悩みの解決と、部族と世界の平和を願うのです。

ネイティブ・アメリカンのハーブ

儀式の中で、ネイティブ・アメリカンの人々によって用いられてきたハーブには、以下のようなものがあります。

セージ(Sage、学名:Salvia officinalis)

セージ(Salva officinalis)の葉

ネイティブ・アメリカンの居住地・サウスダコタに自生するセージは、”バッファローセージ”と呼ばれます。ラコタ族はこのセージを、伝統儀式や祈りの際に焚いて利用しました。

ネイティブ・アメリカンの儀式に使われるのは、カリフォルニアの砂漠に育つ野生種のホワイトセージ(学名:Salvia apiana)です。ホワイトセージを束ねて、スマッジ(薫香)として使われます。

ホワイトセージ(学名:Salvia apiana)

ホワイトセージは浄化の力がとても強いと信じられ、儀式での場の浄化に利用されます。

レッドウィロー(Red Willow、学名:Salix laevigata)

レッドウィロー(学名:Salix laevigata)

柳(Willow)の一種で、アメリカ南西部とカリフォルニア半島北部の野生種。
別名「チャンシャシャ(can’sa’sa)」とも呼ばれ、ネイティブ・アメリカンのラコタ族にとっての神聖なタバコとなるハーブです。

ネイティブ・アメリカンの伝統的な「タバコ」は、現代社会のタバコとは、成分的にも使用用途としても大きく異なるものです。彼らにとっての「タバコ」は、儀式の中で利用する聖なるツールで、パイプにいれてふかします。

レッドウィローは、彼らの「タバコ」として利用されるハーブ(=薬草)として、最もポピュラーで、重要なものでした。

オシャルーツ(オシャの根):オシャ(Osha、学名:Ligusticum porteri)

オシャ

オシャは、別名「ベアルーツ」「スネークルーツ」とも呼ばれ、アメリカ西部などの標高の高い場所に自生するハーブです。

また、オシャの根(オシャルーツ)は、のどの痛みや気管支の炎症など、呼吸器系の疾患の緩和に良いとされます。

薬草としての使用の他、ネイティブ・アメリカンの儀式「スウェットロッジ」の中でも利用されるハーブです。スウェットロッジでは、ロッジ内の熱い石の上に置かれ、強い香りを放ちます。

オシャの葉

チャンシシラ

別名「コンプラスプラント」とも呼ばれ、その名は葉の縁を常に南北に向けていることからきています。

チャンシシラもまた、スウェットロッジの儀式で使用され、オシャルーツと共に、熱い石の上に置かれます。根が大きく、強い香りを放ちます、

ウバタマ(烏羽玉、別名:ペヨーテ peyote、学名:Lophophora williamsii)

ウバタマ(ペヨーテ)

ウバマタはメスカリンなどのアルカロイドを含み、強い幻覚作用をもたらし、生で食べると「七色の夢を見る」と言われます。

アメリカのテキサス州南部からメキシコの東シエラ・マドレ山脈一帯に自生し、この地では別名「ペヨーテ」の名で呼ばれます。

ウバタマは、16世紀中頃から、メキシコの原住民ウイチョル族やアステカ族などによって用いられていました。彼らは、宗教の儀式での利用の他、薬草として、また占いに際しても利用しました。

18世紀には、ネイティブ・アメリカンのアパッチ族に伝えられ、その後、他のネイティブ・アメリカンにもその知識と利用が広がっていきます。そして現在でも、メキシコ中西部の山岳地帯の先住民に愛用されています。

ネイティブ・アメリカンにとってのハーブと儀式の意味

ネイティブ・アメリカンの人々の、ハーブの儀式的利用には、ヨーロッパ世界とは異なる価値観がありました。

ヨーロッパでは主にキリスト教など宗教的な儀式に沿うものとしてハーブが利用されたのですが、ネイティブ・アメリカンの世界では、単なる形式的な「儀式」というよりも、個人がそれぞれ「悟り」を得るための通過儀礼に必要な体験を与えるための効果を、ハーブが担っていたともいえるでしょう。

メディスンマンという存在

そうしたハーブを利用するための、ハーブの知識を兼ね備えた人物は、呪医「メディスンマン」と呼ばれ、各部族に存在していました。

ミネソタ州キャス・レイクのメディスンマン

単にハーブの知識だけではなく、感覚的にも精錬されたメディスンマンは、地球という自然とのつながり、また個人の内面の探索も習得しており、それらを欠いて病気になっている人々に再びそのつながりを取り戻させる役割を果たしていました。

それには、ハーブを利用した実際的な効能が期待される儀式とともに、メディスンマンの「祈り」も大きな役割を果たしていました。ハーブを利用してはいましたが、地球そのもの・自然そのものとコンタクトし、癒し手として人々のガイダンスを行ったのが、メディスンマンでした。

アメリカ大陸のメディスンマン(油絵)

ネイティブ・アメリカンのハーブと儀式に触れる際、そうした彼らの文化を理解する必要があるでしょう。

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