中世のハーブ

中世のハーブIV – 中世ヨーロッパのハーブ利用と、印刷の発展

中世ヨーロッパのハーブ利用と、印刷の発展

中世でのさまざまなハーブの利用法

中世ヨーロッパでのハーブ研究の中心は修道院でしたが、もちろん修道院以外でも、ハーブは様々な形と目的で利用されていました。
文献の中に、以下のような利用法を見ることができます。

中世の料理とハーブ

1390年、イギリス王リチャード2世の料理長によって編纂されたのが『料理の形式(The Forme of Cury)』です。
料理レシピの本ではありますが、その最後には「以上が最良の医術たる料理術である」という記述があり、料理とそのレシピ(ハーブ)が健康にとって有益であることが認識されていたことがうかがえます。
サミュエル・ペッジにより編纂された『料理の形式』は、1780年に出版され、家庭の主婦たちも日常の体調管理に参照していました。

『料理の形式』(Form of Cury)表紙

『料理の形式』(Form of Cury)表紙

1780年に出版された版から、そのガチョウのローストの料理の中に紹介されているハーブ・スパイスとして、

  • セージ、パセリ、ヒソップとセイボリー、ガーリック、ガランガル(Galangal, ショウガ科の植物の地下茎。インドネシアで食材や医薬品として用いられる)

が挙げられています。

中世の農業・園芸とハーブ

一方、農業や園芸としてハーブについて触れられた中世の書籍として、ペトルス・クレスケンティウスによる『田舎暮らしの利得』があります。
この書籍は、イタリア人クレスケンティウスによってラテン語で書かれましたが、後に英語以外のほとんどすべてのヨーロッパの言語に翻訳・印刷された最初の書籍のひとつでもあります。

その他にも、当時のロマン物語や年代記、詩などの中にもハーブの使用法などについての記述が見られます。

ストローイング

例えば、14世紀ボッカッチョの記した『デカメロン』は、家中に香りの良い植物や花が巻き散らかされている様子が描写されています。
これは、室内に良い香りを放つため床にハーブを撒くストローイングという技法で、中世からルネサンス期には、宮廷に専用のストローワー(ストローイングを行う人)という職もあったほどです。

衛生状態の発達していなかった中世において、ハーブの良い香りに加え、殺菌や防虫の効果、またペストの予防も期待したものでした。
床の上を踏んで歩くたびに、ハーブの芳香成分が放たれ良い香りに満たされるという、生活の中でハーブを利用する知恵だったのでしょう。

ボッカッチョ著『デカメロン』

ボッカッチョ著『デカメロン』

グーテンベルクの活版印刷の発明

ハーブの知識とその発展において、中世ヨーロッパで重要な事柄のひとつに、グーテンベルクの活版印刷の発明があります。

グーテンベルク

グーテンベルク

ドイツの金属加工職人・印刷業者グーテンベルク(1398年頃~1468年)により、1439年頃ヨーロッパで初めて活字による印刷が行われ、それ以後、書物の印刷が容易になりました。
過去の重要な本草書も広く印刷され、ハーブの知識も急激に一般に広められることになりました。

グーテンベルクの活版印刷発明以前には、手書きでの書き写しか木版印刷で書物が作られていました。
グーテンベルクは金属活字を使った印刷術を発明し、この技術は、羅針盤、火薬とともに「ルネサンス三大発明」の一つとされています。

1568年に描かれた印刷所の様子。

1568年に描かれた印刷所の様子。

中世の重要な本草書

この時代に重要な本草書は、以下のものが挙げられます。

ディオスコリデスの『薬物誌』

紀元前1世紀に記されたディオスコリデスの本草書『薬物誌』は、600種類以上の薬用植物について述べられており、中世においても、ハーブの権威書とされていました。

ディオスコリデスの『薬物誌』

ディオスコリデスの『薬物誌』

アプレイウス・プラトニクスの『本草書』

そして、このディオスコリデスの『本草書』や、大プリニウス、テオプラストスの著書を下敷きにして書かれたのが、5世紀のアプレイウス・プラトニクス(偽アプレイウスとも呼ばれ、二世紀のアプレイウスとは別人)による『本草書(Herbarium)』です。

写本『アプレイウス・プラトニクスの本草書(Herbarium Appulei Platonici)』

アプレイウス・プラトニクスの『本草書(Herbarium)』は、写本として、1481年に『アプレイウス・プラトニクスの本草書(Herbarium Appulei Platonici)』の名で出版されました。
印刷機の発明後すぐの時代で、印刷の恩恵にもあずかり、”世界最古の印刷されたハーブの本”として成功しています。
そして、印刷機のメリットを十分生かすように、木版画も多く含まれています。

その後、印刷機の発展により、ラテン語やドイツ語など、『本草書』と類似の書籍が次々と出版されました。

アプレイウス・プラトニクスの『本草書』

また、アプレイウス・プラトニクスの『本草書』は、イギリスで出版された最初のハーブの本でもあります。
イギリスでは、有名なハーバリスト、カルペパーが17世紀に登場しますが、そのカルペパーが著した本草書の手本にもなったと言われます。

これらの印刷技術は、イタリアに始まる14~16世紀のルネサンス期、古典復興の動きとも相まって、続く近世の時代には、さらにたくさんのハーブの書籍が発行されることに寄与して行きます。

中世のハーブV – 中世・中国と日本におけるハーブ